あまりの捏造と改変改悪っぷりに本気で申し訳なくなったので、ジャンルは伏せておきます。
三つ巴?でありながら争っている人たち自体がカップリング。
三つ巴?でありながら争っている人たち自体がカップリング。
沈みゆく美しさを表しているのかと思うのに、それでいて夜になる寸前の世界を照らして、その色は極めて柔らかだ。だから僕は夕暮れが好きなんです、幻想的ですし、思索に耽るには丁度良い塩梅の明るさですから。僕と目前の彼以外はいない診療室の光源となっているのは、まさにその夕暮れであった。背後の窓から入る逆光で表情は伺えないが、彼が僕の言い分に鼻を鳴らしているのは察することが出来た。
「文学的だね。おまけに感傷的だ。弟も似たようなことを言っていたよ」
「ええ、一度そんな話をしたこともありました。…あなたは同意してくれないから、僕が頷いてくれて良かったと」
「残念ながら、」
マグに並々注がれたコーヒーに手を伸ばし、一口飲んでから
「私は君や弟と違って文系な感慨に浸ったこともないし、素養も興味もない」
にべにもなく言う。低く通りの良い理知的な声は、医師と言う職業を考えれば実に合っていた。しかしどうもその声色は他者を見下ろすようなものを含んでいるようにも思えた。もっとも僕にだけかもしれないが。先程コーヒーを持って来た看護師に対しては丁寧に柔らかなものあったのだから、おそらくこの人は僕が嫌いなのだ。なのにわざわざ今日僕を呼び出したのは、何か腹に決めたものがあるからなのだろう。そして中々話題を切り出さないのは、こちらの出方を伺い、見定めているから。橙が侵食する部屋の中で、彼のエッヂの効いた眼鏡が淡く光を弾いた。
「君も飲むか」
「いえ。苦手なんです、コーヒー」
「では紅茶でも出そう。それなら飲めるかい」
「いいえ、飲み物は結構です。それよりも、僕を呼び出した理由を教えて下さい」
ぴくり、と言ったオトマトペが相応しいだろう、彼の眉根が寄った(ような気がするだけだけど)。改めて彼の正面を向きそのかんばせを見つめる。白い輪郭、吊り上がった切れ長の黒い瞳、細い鼻梁、薄い唇。成程どう見ても瓜二つであった。こんな風に落日に彩られた放課後、「夕暮れって結構好きなんです」と呟いたあの人と同じ顔だった。それが彼とあの人の逃れられない血をひしひしと確認させる。それが仇であり、最後の砦なのだ。手を伸ばそうとする、そこに込められた意味や理由を隠すための砦、彼の箍を塞ぐものであるのだ。
「直球だね」
「そうでもしないと、切り出さないでしょう」
「…生意気だ。もう少し素直な方が生き易いよ」
経験談ですか、とは言わなかった。この時点でそこまで切り込めるほど、僕は彼のことを知らない。事実、面と向かい合って話すことなぞ今日が初めてだ。不意に彼は立ち上がり、背後のブラインドを閉めた。それから数瞬、軽薄な蛍光灯の光が部屋を映した。そうすることで彼の白衣の清潔さが目映いほどわかる。何処も白く整頓された診療室の中で、僕の黒い学生服だけが異質な存在のように思える。いや、彼にとって僕と言う存在は異質で異分子なのだ。いてはならない、彼とあの人の間に入る邪魔なもの。椅子に座り直した音だけが嫌に耳に残った。
「こちらも直球で行こうか。君に聞きたいことがあるんだ」
「何でしょうか」
「弟のことが好きなんだろう」
ああ、だからこの人は僕が嫌いなんだ。ひどく納得してしまったのを表情に出しそうになるが、何とか堪えた。僕に対する口調がわざとらしいほど棘々しいのも、全ては僕は不必要であるから。自分とあの人の世界に現れた僕を嫌うのは、道理に適っていると言えた。
「はい、二年前からずっと。あの人のことが好きなんです」
しかし僕が臆することはないので、正直に答えた。そうだ、僕はあの人のことが好きなのだ。始めて会った時からずっと想っているんですと更に続けた。
「社会的にまずいものだとは承知の上です。でも僕は、」
そこで言葉を詰まらせてしまった。別に今更怖気づいたのではない、ただ僕を見る彼の凄惨な眼差しに気付いてしまったからだ。嫌いだなんて随分可愛い形容だった。この人は本気で僕のことを憎悪しているのだと、眼鏡の奥の双眸が雄弁に示していた。
「『それでもあの人が好き』か。何とまぁ情熱的だね」
明らかな嘲笑であった。鼻を鳴らし、鮮やか過ぎるほど綺麗に口元が歪んでいる。同じ顔。僕の好きなあの人と同じ顔が僕を侮蔑していた。それが彼の箍。彼の砦。彼が僕を憎む最大の理由。温くなったコーヒーを一口、マグを握る指先の爪の形さえ一緒なのだ。邪魔者は僕と遺伝子、それだけなんでしょう。
「君は賢い子だ。よく話は聞いているよ、優秀な生徒だってね。なら分かるだろう。君の想いがどれほど不毛なものであると」
「分かっています。でも、それでも、変わりません」
「本当に生意気だ」
言ったと同時、割れんばかりの勢いでマグをデスクに置いたせいで中の液体が飛び散った。端にあった書類に滲み出して濃い染みを作る。これは血涙であろうか、彼の落ち着いた声が拉げたように聞こえた。僅かながら驚いて眼を見開いた僕に見えたのは、近寄って来る白衣の裾と歪みきった顔だった。
「ずっと好きだった?二年も想っている?馬鹿言うんじゃない」
胸ぐらを掴まれ、学生服に皺が寄るのが見えた。その手が震えている。ただ僕に対する怒りのために震えている。間近に迫った表情に、まるであの人に叱られているようだと遠く思った。
「たかが十七のガキが、たった二年ぽっち好きなだけで」
「好きだと言うことに、期間は関係ないでしょう」
「私は!」
憎悪に燃える彼は、おそらく二つの念に縛られているのだろう。絡まっている。そこに登場したのが僕であったのだ。
「私は何年あいつのことを好きだったと思う。二十年だ、二十年間あいつのそばで、付かず離れずの距離で想ってきたんだ。それをこんなガキが、あいつを手にしたいとほざくのか」
「僕はあなたの言うとおり子どもだから、好きな人を変えることなんて出来ません」
「私だって出来ないさ。出来ないのだと、嫌って程知っている!」
手が離される。案の定学生服は皺が寄ってしまって、不恰好なことこの上ない。それを軽く直してから、もう一度彼と向き合った。
「……あなた達は兄弟だ」
「それが、どうした」
白皙が映したのは自嘲だ。自分自身を嘲ったまま、僕には変わらない憎しみを向け続けている。
兄弟であればずっと一緒にいられる。兄弟であれば想いを告げられない。そこへ現れた赤の他人の僕。その表情が明白すぎる答えであった。近すぎる遺伝子を打ち破りたいと希うほど、彼の中の理性が拮抗するのだ。
「何にしろ繋がっていられるんだ。こんなにも嬉しいことはないよ」
零したコーヒーはもう乾いてしまった。
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口調確認のため原作読みながら書いたんですが、捏造改悪すぎてもう…。
どうでもいい追記
「二年も前から好き」「十七のガキ」
単純に逆算したら十五の時から好きってことになるけど、正しくは「一回目の十七(高二)の時から好き」てことに気が付きました。原作はサザエさん方式でないので「高二留年四回目」だけれど、この話では文字通り永遠の十七ってことで…。
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